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祭り

那智の火祭の由来と内容 祭りの見どころや撮影場所、スケジュールは?

那智の火祭は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町で7月14日に行われる、滝と火の祭典です。
 

那智の滝は青葉に縁取られた帯が天から降りてくるようです。
 

その姿はまさに神。
 

昔の人が、この滝に神を見たというのがよくわかります。
 

この御神体那智の大滝を前に聖なる松明で清めをおこなうのです。

 

今回はそんな「那智の火祭」について、祭りの由来と内容、祭りの見どころや撮影場所、日程スケジュールについてお話します。
 

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那智の火祭の由来と内容について

炎天下に炎の乱舞

7月13日宵宮。
どんなに前日まで大雨であろうと、宵宮までには必ず晴れると人々は言う。
 

「那智大社は晴れです」と。
 

那智は石段と坂道の村である。
 

社殿を目指して登っていくと、思いがけないところから煮しめの油の香りがしてきます。
 

民家が坂の中腹に建っているからです。
 

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夕方、霧が出始めると、那智の御神体の滝が靄に包まれて姿を現します。
 

深山の幽谷の感がある。
 
 

午後7時半、大和舞(稚児舞)が始まります。
 

童女5人が、かそけく揺れ、舞は大和歌に乗って...。
 
 

滝の前の広場で白装束の男たちが、神々をたたえ扇をふるうのです。
 


久神のや御手もちひく白糸は

万代絶えぬ滝つなみ滝つなみ

あはれあなおもしろあな楽し

あなさやけおけあしめおけ

 

暗闇の山頂に社殿だけが明るいです。
 

本祭14日には、早朝から勝浦に泊まった人々が急な坂道を登ってきます。
 

午前10時、社殿では祭典が始まります。
 

その頃になると参拝者1万人、扇神輿が境内に掛け声とともに次々と、12体垂直に立ちます。
 

歓声が上がり、手には仏式数珠を持ち柏手をうつ。
 

那智大社は神仏混淆なのです。
 

田楽の舞い手は村の青年団員、毎日練習をかかしません。
 

古老たちの指導によって今日の本番。
 
 

田楽は21節と番外(シテテン舞) 1番からなります。
 

第1節「乱声」に始まり「皆衆会」で終わります。
 

那智の田楽は歌謡も無く、すじ(物語)めいたものもありません。
 

ただ神々に対して五穀豊饒を祈願し、田楽を奉納しているのです。
 
 

午後1時にいよいよ御滝ヘ扇神輿が渡御します。
 

観客はさらにふくれあがるでしょう。
 

揺れ動く人の群れは長い参道にうねります。
 

7月の太陽が12基の、6mを越す扇神輿に映えてまばゆい。
 

神輿を捧げ持つ男たちは、身に神紋の蛇紋模様の衣装が風にそよぐのです。
 

揺れ動く朱色の12基の神輿。
 
 

いよいよ松明行列が始まります。
 

白装束の男は細く割られた、わり木を樽型にした60kg近い松明を軽々と持ち上げます。
 

御神火がつけられ、腕を振り上げ、夏の日が燃え上がるのです。
 

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まさに太陽が扇神輿が向かう御滝への参道を清めるように滝前の広場に向かって下っていきます。
 

石垣の上で待ちうける参拝者が火の粉を浴びることでしょう。
 

苔むした石段は炎を迎えてよりその緑を深めるのです。
 
 

男たちが松明を激しく振り、その後、扇神輿が滝の前に供えられます。
 

男たちは神をたたえ扇をふるいます。
 
 

松明の燃え盛った後、滝の前は沈黙の祈りへと戻っていくのです。
 

那智の火祭 祭りの見どころや撮影場所は?

祭りの見どころ

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うっそうたる原始林に覆われた昼なお暗い飛瀧神社(御滝)参道に妖しく激しく乱舞する炎。
 

参道を埋める人垣から感嘆のどよめきが起きる人の頭越しに松明をみるのはなかなか難しいです。
 

まして、午前中、那智大社で行われる田楽を見終わってから、ここに駆け付けるとなると、よい場所を確保するのは望み薄でしょう。
 

ちなみに長い参道を駆け足しても20分はかかりますよ。
 

相当忙しいのを覚悟してここはひとふん張り行きましょう。
 

祭りの撮影ポイント

現場では石垣の上から参道を見下ろすように位置を占めましょう。
 

参道の森は暗くて早いシャッターが切れないので三脚は必需 最高の好位置はもちろん石垣の一番前で。
 

大松明を見下ろすようにしてみるのもよいでしょう。
 

心を焦がすばかりか、実際松明の火の粉で眉毛を焦がす幸運な体験も味わえますよ。
 
 

当日は込み合うので、自家用車で行くなら早めに行って駐車場を確保したいものです。
 

それ以外の交通手段はバスかタクシーとなります。
 


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那智の火祭 日程スケジュールは?

祭りのスケジュール

▼7月13日(宵宮)▼

・17時
那智大社で大祭の無事斎行を祈念。

・19時
同所、大和舞(稚児舞)や那智田楽(国の重要民族無形文化財)の奉納。

 

▼7月14日(本祭)▼

・早朝
扇神輿が那智大社社殿の前に飾り立てられる。

・10時
那智大社でお祓いの儀式。

・11時
同所、大和舞(稚児舞)や那智田楽、田植舞の奉納。

・13時
同所、扇神輿と大松明のお祓い。
扇神輿が那智大社を出発、飛瀧神社への渡御。
大松明も向かう。
途中、伏拝において扇立ての神事。

・14時
伏拝から進んでくる扇神輿を飛瀧神社で点火された大松明が迎え清めの神事。
この飛瀧参道の石段一帯で行われる神事が「那智の火祭」。

・14時30分
清められた扇神輿は飛瀧神社の斎場に安置され神事の斎行。

・15時30分
扇神輿が那智大社に還り、再び拝殿の前に飾り立てられ、祭事の斎行。

 

●熊野詣で

古代人の方向感覚は、現代我々が持っている方向感覚と違います。
 

奈良を中心にして考えると、現在私たちが北というと関東、東北を意味するが古代においては、北とは北陸道を指し、南とは南海道、すなわち紀伊半島でした。
 

これらのことが生きながらにして、観音補陀洛への世界へ詣でる信仰とマッチしたのです。
 

紀伊半島は、南方海上に古代人が寄せる熱い思いになったのです。
 
 

「日本書紀」の世界でも熊野は、霊場として「少彦名命行いて熊野の御崎に至りて、遂に常世郷にいでましぬ。」と述べています。
 

熊野は「常世国」に一番近い聖と決めています。
 

常世の国とは、生死もなく貧富の差も無い理想郷なのです。
 
 

熊野は古代人にとって、山嶽信仰と南方地信仰が結実した場所であり、日常(都)において生活しているうちに、気力、体力が消失していくと、熊野詣でを繰り返しました。
 

現代においても、日常のストレスを晴らすために山や海に行くのと同じことでしょう。
 

ある種のバッテリー充電のようなものなのですね。
 
 

熊野には滝があり、霊泉、霊湯、深山があります。
 

人々の心を癒し身体をやさしく、その自然は包んでいったのです。
 

●歴史の道、熊野古道を歩く

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熊野本宮大社は全国3000以上もある野神社の総本山。
 

この本宮と熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といい、三山をめぐってはじめて熊野詣での成就となります。
 
 

周辺には、その昔熊野詣での人々が通ったという古道が残っています。
 

那智大社から門前町へ続く旧参道の大門坂、熊野本宮大社から田辺へいたる古道など、森閑とした樹林のなかをいにしえに思いを馳せ歩くのもいいですよ。
 

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