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自然暦と二十四節気 日本人はどう向き合ってきたのか

こんにちは。自然暦(しぜんれき)と二十四節気(にじゅうしせっき)について。
 

日本人は古代以来、太陰太陽暦の世界に馴染んできました。
 

太陰太陽暦によって生活のリズムをつくりあげてきたといってもよいでしょう。
 

私たちの生活の隅々にまで染み込んでしまったものは容易に消えてはしまわないものです。
 

暦はどうしてつくられたのか、暦に対して私たちは古くからどう向き合ってきたのでしょう。

 

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自然暦と二十四節気 日本人はどう向き合ってきたのか

南北に細長く、山と谷の多い日本列島の気候の推移はとても複雑なものですから、暦の上での季節と実際の季節とは日本全国どこも同じだったというわけではありません。
 

桜の開花時期だけをとってみても、鹿児島と北海道では1ヶ月以上の差がありますし、同じ関東だったとしても平野部と山地では1週間や10日の違いが見られます。
 

水田稲作を基盤とする農業を生業とする点では一致していても、微妙な気温の違いや、天候に左右される農作業、ことに苗代づくりや田植えは地域によって時期を分けてやっていますし、その年その年による違いも大きいので、全国一律の暦によって全てを律することは困難です。
 

暦と実際の季節とのズレを日本の農民は、自然を見、自然を読むことによって調節してきたのです。
 

たとえば、コブシの白い花を「種まきザクラ」とか「田打ちザクラ」などというところが東北地方では多いのですが、これは、この花の咲くころがちょうど苗代の種おろしをする適期になっており、この花の咲き具合をみて苗代づくりをしたからなのです。
 

また、島根県邑智郡旧田所村では「あの家の背戸のサクラが咲いたから種おろしをしなければ」などといっていたといいます。
 

このような例はかつての農村には無数といってよいほどありました。
 

民俗学ではこのように花の開花や山の雪消えの状態によって季節の推移を知り、農作業などの目安にすることを自然暦といっています。
 

自然暦を農作業の目安としなければならないようなズレはあったにしても、大筋のところでは、月の満ち欠けの周期をひと月とし、そのことによって生ずる季節とのずれを規則的な太陽の周期を1年とすることで補正し、冬から春に移り変わる節目である立春のころを正月とする暦を暮らしの目安としてきました。
 

正月をなぜ立春のころにしたのか?

この時が冬から春に移り変わるときで、農作業のはじまる前になるからといえば、なんとなく合理性があって納得できるような気がするけれども、季節と整合性をもった節目のときというなら、春分でも、冬至でもよかったはずです。
 

グレゴリオ暦の正月はユリウス暦のそれを受け継いだものだというが、ユリウス暦の正月はカエサルによってユリウス暦が導入されたときに、それまで三月から始まっていた年初をコンスル(執政官)の任期はじめの月にあわせて二ヶ月早くしたのだそうです。
 

暦は高度な知識によってつくられた?

暦は高度な天文学の知識によって作られるものであるか?
 

そのことに間違いはないのでしょうが、一年のはじまりをいつに決めるかということは、この例でもわかるように、人為的なものであり、暦を管理する側の政治的意図や、前代からの慣習などによって決められてきたのは間違いありません。
 

 

私たちは、正月は昔から正月であるとして異としないほどそれに馴染んでしまっているのであるが、明治五年までは、現在の二月ごろが正月だったのです。
 

そのことはさておき、日本人は長年にわたって太陰太陽暦を使うことによって、それに馴染んできました。
 

若干生じる違和感は、自然暦などによって調整することで、自然のリズムと暦を調和させ、生活のリズムを作り上げてきたのです。
 

自然暦もたくさんありますが、その反面、「八十八夜の別れ霜」「暑さ寒さも彼岸まで」のように、暦を基準にして季節を読んでいるものも多いのです。
 

江戸時代の農家の日記や覚書などにも
 

「彼岸の中日に種籾を池に浸す」
 

「苗代の荒起こしは彼岸から10日すぎてはじめるとよい」
 

「苗代への播種は土用の入りとするのが定例である」
 

「小満までに田植えをすませればよい、芒種に植えると必ず成育が悪くなる」(『村松家訓』、「日本農書全集二七巻)
 

というように、彼岸や二十四節気などを農作業の基準としているものがたいへん多くなっています。
 

もちろん、農作業の基準となっている二十四節気や雑節などは太陽の運行をもとにした太陽暦に属するものが多く、自然のリズムとそれほど大きな狂いはなく、基準になりやすく馴染みやすいものであったということはいえるでしょう。
 


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ご参考までに、二十四節気、雜節、五節句は以下のとおり。
 

二十四節気は、立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分 寒露・霜降・立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒です。
 

雜節というのは、太陽暦系統の一種の節目で、節分・彼岸・社日・土用・八十八夜・入梅・半夏生・ニ百十日・ニ百二十日などとなります。
 

五節句人日・上巳・端午・七夕・重陽とがあります。
 

五節句については上の漢字では見慣れないかもしれませんが、以下のことです。
 

人日(じんじつ)・・・七草の節句のこと。
上巳(じょうし)・・・桃の節句・雛祭のこと。
端午(たんご)・・・・菖蒲の節句のこと。
七夕(しちせき)・・・七夕(たなばた)のこと。
重陽(ちょうよう)・・菊の節句のこと。

 

現在でも、日常、様々に語られるところの多いですよね。
 

先にも記したように、これらの二十四節気や雑節、五節句というのは現代の官暦の中でも生きているのです。

 

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