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日本の旧暦「長月」はどんな月だった?各地の文化・風習をご紹介

旧暦の9月は長月です。
 

9月といえば、どんなイベントがあるでしょう?
 

気候については、暑い夏がようやく過ぎて涼しくなりますが、台風が多くなる季節ですね。
 

・日本の旧暦「長月」はどんな月だったのか?

・長月では古くから各地でどんな文化・風習があったのか?

こちらでは「長月」についてこのようなことをご紹介していきたいと思います。
 

ぜひ、ご参考ください。
 

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日本の旧暦「長月」はどんな月だった??各地の文化・風習をご紹介

旧暦の8月1日は八朔(はっさく)という

この日は、日頃お世話になっている人に贈り物をする習慣がありました。
 

八朔を「タノミの節」ともいいます。
 

贈り物を交換して、頼みとする人とのつながりをより強くするという意味ですが、旧暦の8月1日は農家では稲の稔りを祈願する日でもあり、穂掛祭などを行うところが多かった近畿地方では、この日で昼寝を止め、夜なべを始める習慣がありました。
 

9月9日は重陽(ちょうよう)の節句

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重陽(ちょうよう)という言葉は聞きなれないですが、現代でいう菊の節句のことです。
 

貴族や武家社会では菊の節句ともいって重視されましたが、民間ではオクニチ(お九日)、オクンチといって氏神の秋祭を行うところが多かったのです。
 

有名な長崎のオクンチは、10月9日に行われています。
 

ですが、本来は9月の行事で、それが月遅れで行われているのです。
 

長崎で毎年行われる有名な秋まつり「長崎くんち」は以下ご参考ください。

 

9月は長雨が続く

秋になると梅雨のような長雨が続きます。
 

秋の長雨を秋霖(しゅうりん)といいます。
 

年によって若干のずれがありますが、通常は9月11日頃から秋霖に入ります。
 

この時期に台風がくると大雨になることが多いですね。

 

二百十日は、台風・嵐を鎮めるため風祭が行われる

雑節での二百十日(にひゃくとおか)や二百二十日は、古くから農家の厄日と言われてきました。
 

プリント

 
丹精こめて育ててきた稲や、その他の作物が台風に襲われ、大きな被害を受けることが多かったからなのです。

※二百十日は9月1日
 

二百十日(にひゃくとおか)には、風祭といって、竿の先に鎌をつけて高く掲げる習俗が北陸地方を中心に広くみられます。
 

代表的な1つに、富山県婦負郡八尾町では、9月1日から3日間、風の盆といって、全町の人々が三味線・笛・太鼓・胡弓の囃子で越中おわら節を歌いながら、踊り明かします。
 

この行事も、風を和らげ、台風の災厄を払う風祭と考えられています。

 

旧暦の8月15日は中秋の名月

秋の背景
 

9月といえば中秋ですね。
 

蝉の声もツクツクホーシの寂しい鳴き声に変わります。
 

秋分の頃までは、残暑の厳しい日が続きますが、吹く風にも、草におく露にも、次第に秋の気配が感じられるようになります。
 

薄を飾り、団子を供えて月見をします。
 

月見には、里芋は欠くことの出来ない供物でした。
 

俳人・村蕪村に、

名月やあるじをとえば芋掘りに

という句があります。
 

それで、この日を「芋名月」ともいうようです。
 

この夜に限って、誰でも芋を採ってよいという風習の地域は多く、供えられた団子なども黙って取ってよかったのです。
 

この日ばかりは団子などは、盗られた方が良いとされ、それは、神が訪れてくれた証拠と考えられていたからなのです。

 


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旧暦の8月15日の夜、巨大な綱で綱引きを行う地方が南九州に多い

十五夜の月に神を感じ、その神の前で今後のことを占ったのです。
 

なお、旧暦の9月13日を「豆名月」とか「栗名月」などと呼び、豆や栗を供えて月を祀ったそうです。
 

葡萄・梨・栗などの果物も、月見の頃には出揃ってきます。

 

9月23日頃に秋分がくる

その前後7日間が秋の彼岸になります。
 

そして、この頃、田の畔などにヒガンバナが真紅に咲き、ハギやケイトウなども咲き始めます。
 

暑さ、寒さも彼岸まで

といわれるように、長かった残暑も終り、秋の夜長の季節が始まるのです。
 

現在でもこの時期にもなれば、天候もようやく定まって平地ではモズの高鳴きが澄み切った秋の空にひびくようになりますね。
 

古く、人は、モズの高鳴きを聴いて寒さや霜のくる時期の目安としたのでした。
 

家々では夏物の整理をし、秋の衣がえを行いますね。
 

秋はこれから急速に深まって行くのです。

 

旧暦8月15日には、各地の八幡宮で放生会が行われていた

京都の岩清水八幡宮や鎌倉の鶴岡八幡宮では、月遅れの9月15日に行っています。
 

鶴岡八幡では16日に流鏑馬も奉納されます。
 

因みに、八幡宮のお使いは鳩と考えられてきました。
それで、八幡宮には鳩が奉納されるのです。

 

京都市左京区にある三宅八幡神社は、俗に虫八幡ともよばれ、子供の虫封じに御利益があるといわれます。
 

虫封じからの連想であろうが、今では、疳の虫だけではなく、子供の病気平癒、子育てなど、子供についての願い事すべてに御利益があるとして、子連れで参詣する人が多いです。
 

ここでは、祈願をする時に、土製の鳩を奉納する風があり、土製の鳩や鳩笛がたくさんあげられています。
 

八幡宮が、軍神として、源氏を中心とする武士の間で信仰されてきた事はよく知られています。
 

しかし、庶民の間では、武神としてではなく、安産や子育ての神として信仰されてきました。
 

鳩は、古くから家禽として飼育され、食料にもしてきました。
 

同時に、寺院や神社など人の多く集まるところに巣をつくり、群れをなしている鳩は、同じ鳩であっても、捕らえて食べるものとは考えていませんでした。
 

公園などで、歩き始めたばかりの幼児が、おぼつかない身振りで餌を与えている様子は、微笑ましく、長閑な光景です。
 

鳩が平和のシンボルとされているのは、その鳴き声や生態が穏和であるのに加えて、日常的に見かけられる、こうした和やかな情景が大きく預かっているからなのでしょうね。
 

昔から鳩は、特に子供たちに親しまれてきたのです。
 

安産・子育ての祈願が行われるようになったのは、軍神としての八幡ではなく、このような鳩と人との関わり方からきていると考えてよいでしょう。
 

鳩笛とは?鳩には人の世と神々の世界を結ぶ神秘な力を持つとされていた

鳩笛(はとぶえ)といえば、鳩の鳴き声に似た音を出す土製の玩具が思い浮かびますが、かつて狩人が所在を知らせたり、山鳩や鹿を誘い寄せたりするのに使った笛も鳩笛といいました。
 

狩人が山中で鳩笛を吹いたのは、鳩の鳴き声に神の世界に通ずるもののあることを感じとっていたからでしょう。
 

鳩は、八幡の使いであるだけではなく、人の世と神々の世界を結ぶ神秘な力を持つ鳥だと私達の祖先は考えていたようです。

 

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