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日本の旧暦「睦月」はどんな月だった?各地の文化・風習をご紹介

睦月は「むつき」と読みます。
 

旧暦の「睦月」は1月(正月)です。
 

一年の最初の月であり、何もかもが新しくなる、おめでたい月ですね。
 

旧暦の睦月はどんな月だったのでしょうか
 

各地の行事などから当時の文化・風習を感じていただければ幸いです。

 

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日本の旧暦「睦月」はどんな月だった?

昔の正月は立春の頃でした。
 

明治六年に太陽暦が採用され、1ヶ月近く正月が早く来るようになったのです。
 

ですが、今でも年賀状に、「新春初春」などと記して不思議に感じないのは、古くからの感覚が残っているからでしょう。
 

月の満ち欠けによる一巡りを1ヶ月とし、その12ヶ月を一年とするのが太陰暦ですが、それによって起こる季節のずれを太陽暦によって修正したのが太陰太陽暦でした。
 

そして、冬至を十一月に置くことによって、立春の前後に正月が来るようにしていたのです。
 

自然に規制されることの大きい生活に適合したものでした。
 

かつて「冬至」はカミの衰えと受け止めていた

冬至は1年でいちばん陽の短い日であり、自然が枯れ果て、もの皆衰えるときです。
 

それを、人々はカミの衰えによるものと受け止めたのでした。
 

その衰えたカミは、力強いカミに再生しなければなりません。
 

枯れた草も、土中に埋もれた種も、春 新しい力を蓄えて芽を出して来るのです。
 

それは、自然の再誕であり、カミの蘇りなのです。
 

冬から春への自然の推移は、カミの衰え・こもり・再誕と考えることが出来るのです。
 

「あらたまの」は年や春の枕詞でありますが、まさに新しく生まれ変わったタマ(カミ)の意でした。
 

正月には歳神様がやってくる

正月には、その新しく蘇ったさが、歳神様として我々のもとにやって来て、これからの一年を言祝いでくれると考えられていました。
 

そのカミを迎えるために、歳棚を作り、門松を立てていました。
 

歳棚には、鏡餅と神酒が供えられます。
 

瓶子にはミキノクチが挿してありました。
 

丸くて白く大きい鏡餅こそが、新しいカミ(タマ)の象徴でした。
 

お年玉は、この新しいカミの分霊を頂くという意味を持っていたのです。
 

ミキノクチについて

ミキノクチ」はお正月の縁起物です。
 

神酒用の瓶子に挿して歳棚などに供えるものです。
 

神棚に供えるお神酒(おみき)の徳利(とっくり)の口に飾ることからこう呼ばれます。
 

赤い紙で作られたものなどは鮮やかな彩りを添え、竹製のものは、細やかですがすがしい線の交錯が繊細な造形美を創り出しています。
 

神社の神餞として御神酒を捧げる時に瓶子の口に奉書を巻いて挿すことがありますが、ミキノクチはこれと同じものでしょう。
 

ミキノクチというと、白い紙や赤い紙などを扇型に折ったものを瓶子の口に挿しているのをよく見かけますが、京都の商家では白木のヘギ製のものが使われています。
 

御幣型と宝珠型の二種類があって、歳の暮れに錦市場などで売っているのを買って来るのだそうです。
 

関東、とくに三多摩地方では、竹製のミキノクチが多く用いられています。
 

これは、三十センチほどの長さに切った三年生の真竹を、幅8ミリ厚さ5ミリ位に割り、薄く剥ぎ、さらに、それを曲げて宝珠などを象ったものです。
 

みかけほど複雑なものではないが、経験と勘がものをいう職人の作品です。
これを専門に作る人が各地にいたようです。
 

東京の青梅市今井や日の出町玉の内では、今でも作っていて、歳の市などで売っています。
また、各家をまわって売り歩くこともあるのです。
 

三多摩ではいろいろな形のものをみますが、基本は2種類で、宝珠型の「ワ」と、万年青型の「ザ」とになるようです。
 

「ヒトッダマノワ」「マルグチ」「フクグチノワ(ホウシュノタマ)」「ミョウガ」などと呼ばれるのが「ワ・輪」です。
 

「ザ・座」には、「オモト」「ヒトツダマノザ」「ミッダマ」「タカラブネ」「フクグチノザ」などがあります。
 

万年青系は大神宮様や床の間に、宝珠系の「ミョウガ」「フクグチノワ」などは恵比寿大黒に供える瓶子に用いるといわれています。
 

ミキノクチは、正月の飾りだとか、縁起物だとかいわれていますが、単純にそういってしまっていいのでしょうか。
 

竹やヘギのものが使われるようになったのは近年のことで、古くは、ケズリカケ、あるいは松や榊の枝を使っていたのではないかと考えられています。
 

神奈川県の葉山では、ヘギ製の松を象ったミキノクチを使っていたし、岩手県大東町では、竹製だが、松を象ったミキノクチを用いての記憶が残っているのでしょう。
 

多摩地区の万年青も、いつまでも緑を保っているので、松などと同じものと考えられたのでしょう。
 

松や榊は神を迎えるためのヨリシロだし、ケズリカケも同じ役割を持っています。
ヨリシロの一般的な姿は御幣です。
とするとミキノクチもヨリシロだと考えられます。
 

正月でも春秋の祭礼でも、ヨリシロとしての御幣の類は実に重複して用意されます。
これでもかといった具合です。
それが日本人の神を迎える方法だったのです。
 


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歳神様はその年の恵方からやってくる

カミは、毎年、その年の恵方からやって来るのです。
 

それで、恵方詣に出かけたりもします。
 

何処からともなくやって来る獅子舞・万歳・鳥追い・猿曳きなども来訪するカミでした。
 

秋田の男鹿半島のナマハゲも正月の来訪神です。
 

宮城・福島・山形・大分・熊本・鹿児島などのカセドリ、山陰地方のホトホト、岡山・徳島のコトコトも同類です。
 

昔から正月には、羽根つき・かるた・トランプに興じます。
 

そこには、正月は「一年を占うとき」なのだという気持ちがあるように思われますね。
 

占いごとは正月行事の中に多くみられます。
 

太占祭・粥占・歩射なども占いの行事です。
 

さいごに

古くは15日が月の初めであって、それの名残りが小正月であろうと言われています。
 

農民は主として小正月を行なって来たのであり、農事暦的正月行事はむしろ小正月の方に多いのです。
 

アワボ・ヒエボやマユダマ・モチバナなどでハナを作ったり、雪中で模擬田植を行ったりするのは、豊作を祈る小正月の予祝行事です。
 

トンド・サギチョウ・サンクロウヤキなどと呼ばれる小正月の前夜に焚かれる火も、カミを迎えるためでした。
 

正月は行事の多い、おめでたい月です。
 

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